読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

常足庵備忘録

曹洞宗常足庵住職の備忘録です

仏教

仏さまに手を合わせるときに考えること

お仏壇の御本尊に手を合わせる時に、ただ習慣でしていたり、なんだかわからないけど利益ありそうだから、というような感じの方も居られるかと思います。 せっかくのお仏壇と御本尊ですから、ひとつ「敬い」という気持ちを作ってみてはどうでしょうか? この…

周梨槃特の掃除

周梨槃特(チューラパンタカ) 私のいた修行僧堂には「プロの掃除エキスパート」みたいな、クリーニングアイテム満載の千手?周梨槃特の木像がありました。 作務が修行の禅宗らしい感じがしますが、周梨槃特は特に掃除が得意だったわけではないのです。 初期…

ダークサイドに落ちないための「周那問見經」という「Sallekha-sutta」

中阿含の穢品にある「周那問見經」というお経です。 パーリ経典では「Sallekha-sutta」「削減経」で中部経典根本五十経偏の八番目にあります。こちらは詳しい解説が出ているもの紹介しておきますのでぜひご参考に Sallekha-sutta サーレッカ・スッタ 戒め パ…

皆の嫌いな「常に観察すべき真理」

常に観察すべき五つの真理という経典があります。 漢訳経典にも『一日誦名念』というタイトルで様々な事象を説いたものがありますが、その中で「老・病・死」を短い偈文にした『柔軟経』をメモしておきます。 前半はお釈迦様の在家時代の豪華な生活ぶりが説…

降伏一切大魔最勝成就 !!

これは黄色い大般若経典をババ~ッと繰り終わる時に唱える偈文です。 威勢がいいので、なんかお祓いしてるような感じで見ている方もおられるでしょうが、本当は祈祷なんかじゃなく自分のだらしない修行に気合を入れる言葉なんです。 『降伏一切大魔』とは、…

日本臨済宗から五戒を教えてもらう。

禅宗の施餓鬼には甘露門を詠みますが、曹洞宗も臨済宗の「若人欲了知」の開甘露門を大施餓鬼として読んでいます。 この開甘露門の出所が中国元代の「幻住庵清規」にある、と記されている『お盆とお彼岸の供養 開甘露門の世界』を見ていると施餓鬼・盂蘭盆の…

大般若にしっかり書かれている行深すべき般若な波羅蜜の方便です

メモしてあった般若な波羅蜜の行深法を適当に解説してみました。 注:単なるメモなので仏道修行の参考にするのなら、くれぐれも鵜呑みにせず調べてください。悪しからず。 大般若波羅蜜多經卷第四百六十九 復勸歸依佛法僧寶。 佛法僧宝に帰依することに勤め…

道元禅師の四摂法を大般若経に探してたら

道元禅師の四摂法を大般若経に探してたら、耳に痛い勤修すべき方便がぎっしりと挙げられてました。 大般若といえば祈祷の際に全600巻の黄色い教典をドビャ~と繰るだけのパフォーマンスアイテムとしか思われてないような気がします。 とりあえず覚書メモ…

恨みのある人に対する怒りの鎮め方

「慈しみの練習」というところで、慈しみの正反対の「怒りを捨てる」という練習もありましたので、ちょっとメモっときます。 お坊さんようの練習なので、出家や戒のことも入ってますが、誰にでも十分役立つと思いますよ。 恨みのある人に対する慈しみの練習 …

佛説尸迦羅越六方禮經の偈文です

先に載せた佛説尸迦羅越六方禮經の偈文の適当な意訳です。 偈文なので木魚打ちにいいかな?と思ったら、訳文も迷調子で(笑) 佛説尸迦羅越六方禮經大正新脩大藏經 佛は偈をもって説いて唄われた 鷄の鳴くより早起し 床に下りて衣を被り 洗い漱いで心を浄め…

漢訳 シガーラ経 (六方礼経)

シガーラ経(六方礼経)という、良家の息子に意味のある禮拜を説かれたお経がありますが、漢訳経典ではどうなってるかな?と 佛説尸迦羅越六方禮經を適当に意訳してみました。 実は、在家の人々に役に立ってしかも木魚打ちに適したものがないかと漁ってみた…

『日々是好日経』というのがあるんですが

中部経典にBhaddekaratta sutta「日々是好日経」というお経があります。 では、中阿含にもあるかな?と探してみましたが、似たようなタイトルもなく「過去未来」で検索すると三つ出てきました。 いずれのお経も偈は全く同じですのでここにメモしておきます。…

禅宗も法華経よく読むのです。妙法蓮華経如来寿量品偈

禅宗も法華経よく読むのです。その二 大乗仏教なので法華経の中のお経もよく読まれます、法事などで見聞きする機会があると思いますが、せっかくですからお経を聞いている間だけでも、心になにか生まれるように眼と耳と頭を使ってもらえたらと思います。 妙…

禅宗も法華経よく読むのです。妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈

禅宗も法華経よく読むのです。その一 大乗仏教なので法華経の中のお経もよく読まれます、法事などで見聞きする機会があると思いますが、せっかくですからお経を聞いている間だけでも、心になにか生まれるように眼と耳と頭を使ってもらえたらと思います。 妙…

仏道とは心に向かうことです。

心はもっと大切に扱わなければならないのです。 それには教える事と寄り添う事の二つが大事です。 心が活発な時は道を踏み外して迷子にならないように、行くべき方向を教えて成長させなければなりません。 まるで我が子を育てるように「心を善く成長させるに…

今日も嫌だ!と思いました、でも、誰のせい?自分のせいじゃありませんか?と考えてみました。

「嫌なものは嫌です!」 「だけどね、これは、こういうもので、こういうところもあって、こういうふうに思う人もいるんだから・・・」 「だけど、私は嫌です!」 こうなると我儘で何を言っても考えを変えない頑固な人だと思いますよね。 でも、これが当たり…

好い感じのする物、嫌な感じのする物ってありますよね?

好い感じのする物、嫌な感じのする物ってありますよね? 等といったらお坊さんに怒られそう・・・ なんだか仏教では、好いも悪いもあなたの妄想で、事実好い物、悪いものがあるわけじゃない。 あなたの受け取り方でしょう、ありのままに御覧なさいよ、実際あ…

仏教って、善もなく悪もなし?

善も無く悪も無し? 「善悪を論ずることなかれ」、「不思善不思悪」、あげくには「善も無く悪も無し」、等と禅僧は言いますね。 しかし、仏教の要点に「全ての悪を成さず、善に到りなさい」と。 私は坐禅と仏教を始めたばかりのときに、矛盾にも思えるこの言…

私が無くとも歩いとるだろに?はオートパイロットの事じゃないよ

前回の、私という我を意識しなくても歩いたり食べたりしてるじゃないか?という禅僧の言葉はオートパーロットと間違えて理解してしまう恐れがあります。 頭で理解したり、経験の浅い坐禅なんかで心の端を垣間見たときなど、この傾向があるようです。 オート…

私が無くても歩いとるだろう?と仰いますが

「私が無くても歩いとるだろう?、私、私といわんでも食べとるだろうに?、息をするとき私は・・・と思ってないだろう?」、と日常が無我そのものであることを表現されることがあります。 そういわれても、「意識してるか無意識でやってるかの差でしょう?」…

死と身体と業と・・・

□ 人が死ぬのは、仏教では次のように分類してます。 ・寿命が尽きる:ろうそくの芯がなり消える ・業が尽きる :ろうそくの蝋が無くなり消える ・両方が尽きる:ろうそくの芯も蝋も無くなり消える ・断業が働き死ぬ:風が強く吹いて消える ・寿命が尽きると…