常足庵備忘録

注:メモ書き程度なのでくれぐれも参考になさらぬよう

達磨・ダルマ・だるま語録の感想文なので、あしからず。(柳田聖山著「ダルマ」筑摩書房・「達磨の語録」講談社学術文庫) 第六部

・51 理法によるのか、それとも人によるのか

問:いったい法に依るのか、人に依るのかどっちでしょう?

答:私は法にも人にも依らなかったが、法や仏が優れていると依れば惑わされる、ある人が優れていると依れば惑わされる、真実は人の知る所に無いというのも自分に惑わされる。

・52 志法師の質問

志:屠殺を見ましたか?

縁:眼があるからね、見えないことは無い。

志:じゃあ、見たんですね?(屠殺等を見に行く事は戒律で禁止されてる)

縁:君はまだ更に見てるよ。

・53 さまざまの考え

志:凡夫、二乗、縁覚、外道、慈悲、色々の立場から様々な見解をするが、どうやったら見解の過ちから離れる事が出来るのでしょうか?

縁:私はそんな煩い見解はしない、全部名づけて見という。そのような種々の妄想をするから自分で惑わされるのだ。

・54 理法は人に教えられぬ

問:なぜ私に法を教えてくれないのですか?

縁:法を説けばそれに惑わされる、だから法はあるが説明できない。名があり、字があればこれに惑わされる。

・55 道とは何か

問:道とはなんですか?

縁:心を発して道に向かえば詮索の心が生じる、道を起こそうとすれば巧く騙そうとする。

若し妙解を求めず、師になろうとも思わず、法を師としようとしなければ自然に独歩できる。鬼魅の心を起こさないならば、君を指導しよう。

・56 ばけもの

問:鬼魅の心とはなんですか?

縁:眼を閉じて定に入る。

問:私は禅定で心動揺しませんが?

縁:禅定に縛られているだけだよ、どんな禅定も一旦静かだが、すぐ復乱れる。たいした物ではない。

もし一つの法でも是を優れたものと思えば、法が君を縛り殺して有心の中に落ちて出られなくなる。頼るべき物じゃない、だって世間では名や字に縛られた人だらけだろ?

・57 可法師の教え

問:どうすれば聖人になれるでしょうか?

可:凡とか聖とか妄想に過ぎんよ。

問:妄想ならばどうやって道を修めるのですか?

可:君は道をどう言う物に思っているのか?どう修したいのか?道に上下は無いし、去るとか来るとかも無い。

・58 安心の教え

恵:私を安心させてください。

師:君の心をここに持って来たら君のために安定させてあげよう。

恵:私のために心を安定させて欲しいのです。

師:例えば着物を作って欲しいという時は布を持ってくるべきだろう?空気を裁断出来ないだろ?それと同じだよ、心を持って来れないのなら心を安定させる事は出来ない。私には虚空を安定させる事は出来ないよ。

・59 懺悔の教え

僧:私を懺悔させてください。

恵:君の罪をここに持ってきなさい懺悔させてあげるから。

僧:罪は形のない物ですから無理です。

恵:もう懺悔し終わったから向こうに行きなさい。

僧:私の煩悩を断ってください。

恵:煩悩なんかどこにあるんだ?

僧:どこにあるのか知りませんが。

恵:それじゃ虚空のようなものだ、虚空を断つ者なんか居らんわ。

僧:経典に「一切の悪を断ち、一切の善を修めて、成仏する事を得る」とありますが?

恵:それは妄想だよ自分で現した物にすぎんよ。

・60 成仏の教え

僧:十方の諸仏は皆煩悩を断って仏道を成じたとありますが?

恵:君がみだりに計り考えたことで根拠のあることじゃない。

僧:仏は何を以って衆生を救済すのですか?

恵:もし鏡に映った者が人を助ける事が出来るのなら、仏も人を助ける事が出来るだろうね。