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常足庵備忘録

曹洞宗常足庵住職の備忘録です

漢訳 シガーラ経 (六方礼経)

シガーラ経(六方礼経)という、良家の息子に意味のある禮拜を説かれたお経がありますが、漢訳経典ではどうなってるかな?と 佛説尸迦羅越六方禮經を適当に意訳してみました。

実は、在家の人々に役に立ってしかも木魚打ちに適したものがないかと漁ってみたのですが(笑)

偈文が有りましたのでそれは別に載せることにします。

では、本文を。大正新脩大藏經

 阿含経典 佛説尸迦羅越六方礼経

(パーリ経典長部ではシガーラ経(六方礼経))

 後漢    安息國                         三藏安世高訳 

(25-220年)(イラン北東部に在ったパルティア(Parthia))

仏が王舍城のカランダカニヴァーハに居られた時のこと、シガーラエという名の長者の子が有りて、早朝厳かに着衣のまま沐浴し 東・南・西・北・天にまた地に向かって四拝していた。

仏は王舍城に入ろうとした時に遥かに此れを見て、その家に至り問われた。「なんの為に六方を拝すのか、これはどのような理由なのか」

シガーラエの言うのには、「父が在りし時、私に六方を拝することを教えてくれました、理由は知りません。父亡き後、教えを守っているのです」

仏の曰く、「父があなたにさせようとした六方の拝は、そのような身体の拝ではありませんよ」

シガーラエは跪いて言いました。「佛様、願わくは私のために六方を拝す意味を教えて下さい」

仏の曰く、「心を込めて聴きなさい、ここに長者が四つの戒をよく護持して犯すことがなければ、今生では人に敬われ、後の世では天界に生まれることでしょう」「一つは生き物を殺さないことです、二つは盗まないこと、三つは他人の妻を愛さないこと、四つは嘘偽り陰口を話さないことです。心は貪欲や邪淫、瞋恚、愚痴を自制することです」

「この四つの意を自制しないものは、光明の尽きた月の暗闇に覆われたようなものです、悪名の者として聞かれるでしょう。しかし、悪意を自制するものは、月に光が戻り始め、明るさを取り戻し、やがて、十五夜の満月のようになるでしょう」

仏の曰く、「また貯金・財産を日に日に減らす六つの事があります」「一つは飲酒を喜ぶことです、二つは賭博を喜ぶことです、三つは早寝遅起きを喜ぶことです、四つは客を呼ぶのを喜び、頼み事をしたり諂ったりすることです、五つは悪知恵の者と連立つ事を喜ぶことです、六つは驕慢や人を軽んじる事です」

「先の四つの悪を犯して、またこの六つの事を行えば、善行は妨げられ、生活も破綻し、貯金・財産も減って行くでしょう」「六方を拝するとは正に何の利益でしょうか」と。

仏の曰く、「悪知恵の者は四つあります」「一つは内に怒りの心あり、外に悪を為すための知識があり者。二つは人前では好まし言葉ですが背後では悪語を言uう者。三つは急を要する時、人前では憂い苦しみを表しますが背後では歓喜する者。四つは外面は親切ですが内面は怨みと策略がある者」

「善の知恵者も四つあります」「一つは外には怨めしそうですが内には厚意がある者。二つは人前では直に諌めますが他では褒めている者。三つはやつれた役人のようでも其の恐れ・憂いを解いている者。四つは貧賤に見えても、豊かであろうとする方策を求め続けている者」

「悪知恵の者は、また四つあります」「一つは善を行うことを教え諌めることが難しいが故に悪者に従う者。二つは人と喜んで酒を付き合うなかれと教えても酒好きに従う者。三つは自分の利益を守るために多くのことを教えようとする者。四つは覆い隠す為に賢い友人のように教えようとする者」

「善の知恵者もまた四つあります」「一つは貧窮に見えても生きることを治め終わっている者。二つは人の諍いや謀に与しない者。三つは日々の有り様がそこにおいて終わっている者。四つは坐るも立つも日々の行いが気付きとともにある者」

「善の知恵者はまた四つあります」「一つは役人に捕らえられも、牢屋に従い、後に解決をする者。二つは病にあっても療養に従う者。三つは人の亡骸を棺を見るように終わっている者。四つは自分の死を識ってもまた、家のように気づいている者」

「善の知恵者はまた四つあります」「一つは欲や闘いが止んでいる者。二つは欲は悪に従うと識り、これを諌める者。三つは不欲で生を治め、生を治めることを勧める者。四つは道を辿ることを喜ばず信の喜びを教える者」

「悪知恵の者は、また四つあります」「一つはわずかな違犯にも大きな怒りをおこす者。二つは急を有する誠実な頼みでもこれに反対して行わない者。三つは急を有する人を見ても走って逃げだす者。四つは人が死んでいるのを見て見ぬふりをして捨て置く者」

仏の曰く、「善者に従うことを選び、悪者からは遠離しなさい。我の与えた善知識と常に離れず、自ら仏の説く悟りに至りなさい」

仏の曰く、「東を向いて拝するとは、子が父母に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは生を治めことに気づいている者。二つは早起きして使用人に食事の用意を作らせる者。三つは父母を心配し不利益とならない者。四つは父母の恩を忘れない者。五つは父母が病気になったら恐れをなしたように医者に治療を求める者」

子が父母に対する事はまた五つあります」「一つは悪を去り善に就くように気づいている者。二つは勉学に努める者。三つは経と戒の護持に努める者。四つは早く結婚する者。五つは給与を家に納める者」

「南を向いて拝するとは、弟子が師に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは敬いはばかる者。二つはその念を忘れない者。三つはその教えに従う者。四つは厭わざるを忘れない者。五つは従いて後に褒め称える者」

「弟子が師に対する事はまた五つあります」「一つは速やかに学ぼうとする者。二つは他人の弟子に勝とうとする者。三つは学ぼうとする欲を忘れない者。四つは諸々の難しい疑問は悉く解説をなす者。五つは弟子にして智慧は師に勝とうとする者」

「西を向いて拝するとは、妻がが夫に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは外出では夫が外出より戻れば起きて迎える者。二つは夫が不在の時は炊事・掃除をして待つ者。三つは他の夫に愛欲を持たなず、罵られても罵り返さない者。四つは夫に教え戒められても家具食器を隠したりしない者。五つは夫が休んでいたら寝床をこしらえてあげる者」

「夫が妻に対する事はまた五つあります」「一つは妻を敬って出入りする者。二つは食事の時でも次節にかなった衣服を着ける者。三つは給与や宝石を与える者。四つは家中の所有は多かれ少なかれ悉く任せる者。五つは外に於いて邪な畜傳御をしない者」

「北を向いて拝するとは、人が親族親友に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは罪悪をなすのを目れば其処に行って諌めて止めさせる者。二つは急を有する事は小さなことでもすぐに駆けつけ助けてやる者。三つは他人の説からではない自分の言葉がある者。四つは互いに難しくとも敬う者。五つは好物であっても多少によらず分け与える者」

「地を向いて拝するとは、主が使用人に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは食事の時でもきちんと身なりを整えて与える者。二つは病気になれば医者を呼び治療させる者。三つは打ったり罵ったりしない者。四つは個人の財産を奪ったりしない者。五つは物があれば使用人にも平等に分け合う者」

「使用人が主に対する事はまた五つあります」「一つは早く起きて主に起されることのない者。二つは所作を注意して行う者。三つは主の大事なものを捨てたり乞食に与えたりしない者。四つは主の出入りは送り迎えする者。五つは主の徳は褒め称え、悪い所を言いふらさない者」

「天を向いて拝するとは、人が出家者に対するようなものです」「それには五つの事があります。一つは善心をもって向かう者。二つは言葉を選び好ましい語を話す者。三つは身を以て敬う者。四つは恋慕する者。五つは人中に出家者があれば敬いをもって恭しく世の事を問う者」

「出家者は凡夫にたいして六つの意を以て視るべきです」「一つは教えを布施する者として自ら物惜しみや貪りを持たない事。二つは持戒を教える者として自ら物事を犯さない事。三つは忍辱を教える者として自ら瞋恚を持たない事。四つは精進を教える者として自ら怠りや慢心を持たない事。五つは心を教える者として自ら放逸にならない事。六つは悟りの智慧を教える者として自ら愚痴を持たない事。出家者は人に善を為して悪を去る法を教え、正道を開示する者です」

「父母の大恩があります。あなたに、父が在りし時六方の拝を教えたのはこのような行いなのです。何を憂うことがあろうか」

シガーラエは五戒を授かり、礼を作して去って行きました。

佛説尸迦羅越六方禮經

後漢安息國三藏安世高譯 

佛在王舍國鷄山中。時有長者子。名尸迦羅越。早起嚴頭。洗浴著文衣。東向四拜。南向四拜。西向四拜。北向四拜。向天四拜。向地四拜。佛入國分衛遙見之。往到其家問之。何爲六向拜。此應何法。尸迦羅越言。父在時教我六向拜。不知何應。今父喪亡。不敢於後違之。佛言。父教汝使六向拜。不以身拜。尸迦羅越便長跪言。願佛爲我解此六向拜意。佛言。聽之内著心中。其有長者黠人能持四戒不犯者。今世爲人所敬。後世生天上。一者不殺諸群生。二者不盜。三者不愛他人婦女。四者不妄言兩舌。心欲貪婬恚怒愚癡自制勿聽。不能制此四意者。惡名日聞。如月盡時光明稍冥。能自制惡意者。如月初生其光稍明。至十五日盛滿時也佛言。復有六事。錢財日耗減。一者喜飮酒。二者喜博掩。三者喜早臥晩起。四者喜請客。亦欲令人請之。五者喜與惡知識相隨。六者憍慢輕人。犯上頭四惡。復行是六事。妨其善行。亦不得憂治生。錢財日耗減。六向拜當何益乎佛言。惡知識有四輩。一者内有怨心。外強爲知識。二者於人前好言語。背後説言惡。三者有急時。於人前愁苦。背後歡喜。四者外如親厚。内興怨謀。善知識亦有四輩。一者外如怨家。内有厚意。二者於人前直諫。於外説人善。三者病痩縣官爲其征彸憂解之。四者見人貧賤不棄捐。當念求方便欲富之。惡知識復有四輩。一者難諫曉教之作善故與惡者相隨。二者教之莫與喜酒人爲伴故。與嗜酒人相隨。三者教之自守益更多事。四者教之與賢者爲友故與博掩子爲厚。善知識亦有四輩。一者見人貧窮卒乏令治生。二者不與人諍計挍。三者日往消息之。四者坐起當相念。

善知識復有四輩。一者爲吏所捕。將歸藏匿之。於後解決之。二者有病痩。將歸養視之。三者知識死亡。棺斂視之。四者知識已死。復念其家。善知識復有四輩。一者欲鬪止之。二者欲隨惡知識諫止之。三者不欲治生勸令治生。四者不喜經道。教令信喜之。惡知識復有四輩。一者小侵之便大怒。二者有急倩使之不肯行。三者見人有急時避人走。四者見人死亡棄不視。佛言。擇其善者從之。惡者遠離之。我與善知識相隨。自致成佛佛言。東向拜者。謂子事父母。當有五事。一者當念治生。二者早起勅令奴婢。時作飯食。三者不益父母憂。四者當念父母恩。五者父母疾病。當恐懼求醫師治之。父母視子亦有五事。一者當念令去惡就善。二者當教計書疏。三者當教持經戒。四者當早與娶婦。五者家中所有當給與之 南向拜者。謂弟子事師。當有五事。一者當敬難之。二者當念其恩。三者所教隨之。四者思念不厭。五者當從後稱譽之。師教弟子 亦有五事。一者當令疾知。二者當令勝他人弟子。三者欲令知不忘。四者諸疑難悉爲解説之。五者欲令弟子智慧勝師西向拜者。謂婦事夫。有五事。一者夫從外來。當起迎之。二者夫出不在。當炊蒸掃除待之。三者不得有婬心於外夫。罵言不得還罵作色。四者當用夫教誡。所有什物不得藏匿。五者夫休息 盖藏乃得臥。夫視婦亦有五事。一者出入當敬於婦。二者飯食之。以時節與衣被。三者當給與金銀珠璣。四者家中所有多少。悉用付之。五者不得於外邪畜傳御北向拜者。謂人視親屬朋友。當有五事。一者見之作罪惡。私往於屏處。諫曉呵止之。二者小有急。當奔趣救護之。三者有私語。不得爲他人説。四者當相敬難。五者所有好物。當多少分與之向地拜者。謂大夫視奴客婢使。亦有五事。一者當以時飯食與衣被。二者病痩當爲呼醫治之。三者不得妄撾捶之。四者有私財物。不得奪之。五者分付之物當使平等。奴客婢使事大夫亦有五事。一者當早起勿令大夫呼。二者所當作自用心爲之。三者當愛惜大夫物。不得棄捐乞匃人。四者大夫出入當送迎之。五者當稱譽大夫善。不得説其惡向天拜者。謂人事沙門道士。當用五事。一者以善心向之。二者擇好言與語。三者以身敬之。四者當戀慕之。五者沙門道士人中之雄。當恭敬承事問度世之事。

沙門道士當以六意視凡民。一者教之布施。不得自慳貪。二者教之持戒。不得自犯色。三者教之忍辱。不得自恚怒。四者教之精進。不得自懈慢。五者教人一心。不得自放意。六者教人黠慧。不得自愚癡。沙門道士教人去惡爲善。開示正道。恩大於父母。如是行之。爲知汝父在時六向拜之教也。何憂不富乎。尸迦羅越即受五戒。作禮而去