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常足庵備忘録

曹洞宗常足庵住職の備忘録です

ダークサイドに落ちないための「周那問見經」という「Sallekha-sutta」

阿含の穢品にある「周那問見經」というお経です。

パーリ経典では「Sallekha-sutta」「削減経」で中部経典根本五十経偏の八番目にあります。こちらは詳しい解説が出ているもの紹介しておきますのでぜひご参考に 

 Sallekha-sutta サーレッカ・スッタ 戒め

パーリ経典の方は44項目の戒めがありまして、暴力・殺生・盗み・非梵行・口の禍4つ・貪り・憎しみから八邪道+2へと進み、ここからが面白いのですが、だらけ・混乱・疑い・怒り・恨み・馬鹿にする・張り合う・嫉妬する・物惜しみする・見栄を張る・善人ぶる・頑固になる・高慢になる・反抗的になる・悪友と付き合う・怠るようになる・大事なことが信じられなくなる・悪い事を恥じなくなる・悪い事を恐れなくなる・必要なことを学ばなくなる・怠け癖が付く・注意力散漫になる・知恵が無くなる・主観に取りつかれて変な人になる。と言う具合に(適当です)、いけない人へまっしぐらの目も当てられない人生を暗示しているような・・・・汗

さて、漢字のお経の方を適当に訳してみました。中部経典よりはかなり短くて端折ってますので気になった方は元ネタのパーリ経典で全容をご覧ください。 パーリ仏典 ①-1  中部(マッジマニカーヤ)根本五十経篇 Ⅰ

注:「漸損」を「徐々に(煩悩)を削減する」と置き換えたところもあるので、読みにくかったらごめんなさいです。ちなみに周那さんはチュンダさんとしました。

九十一)中阿含穢品 周那問見經

このように私は聞いた

ある時、仏はコーサンビーのゴーシタ園に居られた

そこにおいて、尊者マハーチュンダは夕方に宴の座より立ち上がり、仏の所へ近づき、仏足を礼拝し、一方に座った。

尊者マハーチュンダ曰く:「世尊!世の中には諸々の見解が生じています、いわゆる神にかかわるもの、生きとし生けるものに、人に、幸福に、命に、世界にかかわるもの。世尊!何を知り、何を見れば、このような見解を滅し、離れられ、断ち、捨てられましょうか?」

この時、世尊は告げられた:「チュンダよ、世の中には諸々の見解が生じている、いわゆる神にかかわるもの、生きとし生けるものに、人に、幸福に、命に、世界にかかわるもの。チュンダよ、もし諸法の滅尽無与者に仕えるなら、その如くを知り、その如くを見れば、このような見解を滅し、離れられ、断ち、捨てられるでしょう、まさに徐々に(煩悩を)削減しようとすることです。

チュンダよ、聖なる法、律中において、漸損の者とは何か?比丘は、欲を離れ、悪不善の法を離れるのである、第四禅を得て成就していると、彼にこのような念が生じます『私は徐々に(煩悩を)削減しようとしている』と。

チュンダよ、聖なる法、律中においては、これは漸損ではなく、四増上心の有る現法楽に住んでいるのである、行者はこれを繰り返しているのである、彼にこのような念が生じます『私は徐々に(煩悩を)削減しようとしている』と。

チュンダよ、聖なる法、律中においては、これは漸損ではなく、比丘はすべての色界想を越え、無色界禅定を成就し遊戯しているのである、彼にこのような念が生じます『私は徐々に(煩悩を)削減しようとしてている』と。

チュンダよ、聖なる法、律中においては、これは漸損ではなく、無色界禅定によって、色界を離れ無色界を得て、行者がこれにより起こっていると言われるのである、彼にこのような念が生じます『私は徐々に(煩悩を)削減しようとしている』と。

チュンダよ、聖なる法、律中においては、これは漸損(煩悩の削減)ではありません。

・漸損の法

チュンダよ、他は悪欲の念欲であっても、我は悪欲の欲念が無いようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は害意・瞋があるが、我は害意・瞋の無いようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は殺生し、与えられていないものを取り、梵行をしないが、我は梵行であろうと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は(利を求めて)伺いを増し、争いの心を持ち、だらけと眠気で、高慢で惑いと疑いがあるが、我は惑い疑いないようにと、徐々に(煩悩を)削減しましよう。

チュンダよ、他は瞋りに縛られ、へつらいといつわり、恥じなく、恐れないが、我は慙愧があるようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は慢が有るが、我は漫が無くなるようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は増慢が有るが、我は増慢が無くなるようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は多くを学ばないが、我は多くを学ぶようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他はもろもろの善法を観察しないが、我はもろもろの善法を観察しようと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は非法、悪行を行うが、我は如法に行おうと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は嘘・陰口・暴言・でまかせなど悪い習性のものであるが、我は悪い習性が無いようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

チュンダよ、他は信が無く、怠けと、不注意、落ち着きなく悪知恵であるが、我は悪知恵の無いようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。

・発心の法

チュンダよ、もし、諸々の善法を務めようとの意欲を発心した者は、則ち余すところなく利益あり、では、また身体と口行の善法とはなにか?

チュンダよ、他は悪欲の念欲であっても、我は悪欲の欲念が無いようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は害意・瞋があるが、我は害意・瞋の無いようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は殺生し、与えられていないものを取り、梵行をしないが、我は梵行であろうと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は(利を求めて)伺いを増し、争いの心を持ち、だらけと眠気で、高慢で惑いと疑いがあるが、我は惑い疑いないようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は瞋りに縛られ、へつらいといつわり、恥じなく、恐れないが、我は慙愧があるようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は慢が有るが、我は漫が無くなるようにと、徐々に(煩悩を)削減しましょう。まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は増慢が有るが、我は増慢が無くなるようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は多くを学ばないが、我は多くを学ぶようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他はもろもろの善法を観察しないが、我はもろもろの善法を観察しようと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は非法、悪行を行うが、我は如法に行おうと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は嘘・陰口・暴言・でまかせなど悪い習性のものであるが、我は悪い習性が無いようにと、まさに発心しましょう。

チュンダよ、他は信が無く、怠けと、不注意、落ち着きなく悪知恵であるが、我は悪知恵の無いようにと、まさに発心しましょう。

・対する法

チュンダよ、このように悪道には対しては正道を与します、このように悪解脱対しては正解脱を与します。

このように、チュンダよ、悪欲の者に対しては非悪欲を与します。害意・瞋りの者に対しては不害意・不瞋を与します。

殺生・与えられていないものを取ること・非梵行の者に対しては梵行を与します。

(利を求めて)伺いを増し、争いの心を持ち、だらけと眠気で、高慢で惑いと疑いの者に対しては疑い惑いのないことを与します。

瞋りに縛られ、へつらいといつわり、恥じなく、恐れのない者に対しては慙愧を与します。

慢の者に対しては不慢を与します。

増慢の者に対しては増慢の無いことを与します。

多く学ばない者に対しては多く学ぶことを与します。

諸々の善法を観察しない者に対しては諸善法を観察することを与します。

非法・悪行を行う者に対しては如法の行いを与します。

嘘・陰口・暴言・でまかせの悪習性の者に対しては善い習性を与します。

信が無く、怠けと、不注意、落ち着きなく悪知恵である者に対しては善き智慧を与します。

チュンダよ、黒い法があれば黒の報いありて、悪処に赴くに至る。白い法があれば白い報いあり、しかも上昇を得るであろう。

このようにチュンダよ、悪欲の者には非悪欲を以って上昇の為とする。

害意・瞋りの者には不害・不瞋を以って上昇の為とする。

殺生・与えられていないものを取ること・非梵行の者には梵行を以って上昇の為とする。

(利を求めて)伺いを増し、争いの心を持ち、だらけと眠気で、高慢で惑いと疑いの者には疑い惑いのないことを以って上昇の為とする。

瞋りに縛られ、へつらいといつわり、恥じなく、恐れのない者には慙愧を以って上昇の為とする。

慢の者には不慢を以って上昇の為とする。

増慢の者には増慢の無いことを以って上昇の為とする。

多く学ばない者には多く学ぶことを以って上昇の為とする。

諸々の善法を観察しない者には諸善法を観察することを以って上昇の為とする。

非法・悪行を行う者には如法の行いを以って上昇の為とする。

嘘・陰口・暴言・でまかせの悪習性の者には善い習性を以って上昇の為とする。。

信が無く、怠けと、不注意、落ち着きなく悪知恵である者には善き智慧を以って上昇の為とする。

・般涅槃の法

「チュンダよ、もし、自ら調御せずに、他人の調御していないことを調御しようと欲しても、このような道理はありません。

自ら溺れている者が、他が溺れているのを救い出そうとするような道理にかなわないものです。

自ら般涅槃でない者が、他の般涅槃に達していない者を般涅槃させようとすることは道理にありません。

チュンダよ、もし、自ら調御する者が、他人の調御していないことを調御しようと欲すれば、まちがいなく道理の有るところです。

自ら溺れていない者が、他人の溺れているのを救い出そうとするような道理にかなったものです。

自ら般涅槃した者が、他の般涅槃に達していない者を般涅槃させるようなまちがいなく道理の有るところです。

チュンダよ、悪欲の者には非悪欲を以って般涅槃の為とする。

害意・瞋りの者には不害・不瞋を以って般涅槃の為とする。

殺生・与えられていないものを取ること・非梵行の者には梵行を以って般涅槃の為とする。

(利を求めて)伺いを増し、争いの心を持ち、だらけと眠気で、高慢で惑いと疑いの者には疑い惑いのないことを以って般涅槃の為とする。

瞋りに縛られ、へつらいといつわり、恥じなく、恐れのない者には慙愧を以って般涅槃の為とする。

慢の者には不慢を以って般涅槃の為とする。

増慢の者には増慢の無いことを以って般涅槃の為とする。

多く学ばない者には多く学ぶことを以って般涅槃の為とする。

諸々の善法を観察しない者には諸善法を観察することを以って般涅槃の為とする。

非法・悪行を行う者には如法の行いを以って般涅槃の為とする。

嘘・陰口・暴言・でまかせの悪習性の者には善い習性を以って般涅槃の為とする。。

信が無く、怠けと、不注意、落ち着きなく悪知恵である者には善き智慧を以って般涅槃の為とする。

このために、チュンダよ、我れは汝の為に漸損の法を、発心の法を、対する法を、般涅槃の法を説いたのです。

尊師が弟子の為に大慈悲・哀憐・愍傷の念を起こし、利益と、安穏快楽を願い求めることを、我れは今しています。

汝ら、また、まさに自ら繰り返しなしなさい、事無く山林・樹下・空室・安静処至り、坐禅思惟し、放逸であること勿れ、精進に勤め、後悔する勿れ、これが我が勅の教えである、これが我が訓戒である。」

仏は是の如く説きたもうた。

尊者マハーチュンダ及び諸比丘は、仏の説きたもうところを聞いて、歓喜した。

(九十一)第五第二小土城誦

阿含穢品周那問見經

我聞如是:

一時,佛遊拘舍彌,在瞿師羅園。

於是,尊者大周那則於晡時従宴坐起,往詣佛所,稽首佛足,却坐一面,

白曰:「世尊!世中諸見生而生,謂計有神,計有衆生,有人、有壽、有命、有世。世尊!云何知,云何見,令此見得滅、得捨離,而令餘見不續,不受耶?」

彼時,世尊告曰:「周那!世中諸見生而生,謂計有神,計有衆生,有人、有壽、有命、有世。周那!若使諸法滅尽無与者,如是知、如是見,令此見得滅、得捨離,而令餘見不續、不受,當学漸損。

「周那!於聖法、律中,何者漸損?比丘者,離欲、離悪不善之法,至得第四禅成就遊,彼作是念:『我行漸損。』

周那!於聖法、律中,不但是漸損,有四増上心現法楽居,行者従是起而復還入,彼作是念:『我行漸損。』

周那!於聖法、律中,不但是漸損,比丘者度一切色想,至得非有想非無想処成就遊,彼作是念:『我行漸損。』

周那!於聖法、律中、不但是漸損,有四息解脫,離色得無色,行者従是起當為他説,彼作是念:『我行漸損。』

「周那!於聖法、律中、不但是漸損。

周那!他有悪欲、念欲,我無悪欲、念欲,當学漸損。

周那!他有害意瞋,我無害意瞋,當学漸損。

周那!他有殺生、不与取、非梵行,我無非梵行,當学漸損。

周那!他有増伺、諍意、睡眠所纏、調貢高而有疑惑,我無疑惑,當学漸損。

周那!他有瞋結、諛諂、欺誑、無慙、無愧,我有慙愧,當学漸損。

周那!他有慢,我無慢,當学漸損。

周那!他有増慢,我無増慢,當学漸損。

周那!他不多聞,我有多聞,當学漸損。

周那!他不観諸善法,我観諸善法,當学漸損。

周那!他行非法悪行,我行是法妙行,當学漸損。

周那!他有妄言、両舌、麁言、綺語、悪戒,我無悪戒,當学漸損。

周那!他有不信、懈怠、無念、無定而有悪慧,我無悪慧,當学漸損。

「周那!若但発心念欲求学諸善法者,則多所余益,況復身、口行善法耶?

周那!他有悪欲、念欲,我無悪欲、念欲,當発心。

周那!他有害意瞋,我無害意瞋,當発心。

周那!他有殺生、不与取、非梵行,我無非梵行,當発心。

周那!他有増伺、諍意、睡眠所纏、調貢高而有疑惑,我無疑惑,當発心。

周那!他有瞋結、諛諂、欺誑、無慙、無愧,我有慙愧,當発心。

周那!他有慢,我無慢,當発心。

周那!他有増慢,我無増慢,當発心。

周那!他不多聞,我有多聞,當発心。

周那!他不観諸善法,我観諸善法,當発心。

周那!他行非法悪行,我行是法妙行,當発心。

周那!他有妄言、両舌、麁言、綺語、悪戒,我無悪戒,當発心。

周那!他有不信、懈怠、無念、無定而有悪慧,我無悪慧,當発心。

「周那!猶如悪道与正道対,猶如悪度与正度対。

如是,周那!悪欲者与非悪欲為対。害意瞋者与不害意瞋為対。

殺生、不与取、非梵行者与梵行為対。

増伺、諍意、睡眠、調貢高、疑惑者与不疑惑為対。

瞋結、諛諂、欺誑、無慙、無愧者与慙愧為対。

慢者与不慢為対。

增慢者与不増慢為対。

不多聞者与多聞為対。

不観諸善法者与観諸善法為対。

行非法悪行者与行是法妙行為対。

妄言、両舌、麁言、綺語、悪戒者与善戒為対。

不信、懈怠、無念、無定、悪慧者与善慧為対。

「周那!或有法黒,有黒報,趣至悪處処。或有法白,有白報,而得昇上。

如是,周那!悪欲者,以非悪欲為昇上。害意瞋者,以不害意瞋為昇上。殺生、不与取、非梵行者,以梵行為昇上。増伺、諍意、睡眠、調貢高、疑惑者,以不疑惑為昇上。瞋結、諛諂、欺誑、無慙、無愧者,以慙愧為昇上。慢者,以不慢為昇上。増慢者,以不増慢為昇上。不多聞者,以多聞為昇上。不観諸善法者,以観諸善法為昇上。行非法悪行者,以行是法妙行為昇上。妄言、兩舌、麁言、綺語、悪戒者,以善戒為昇上。不信、懈怠、無念、無定、悪慧者,以善慧為昇上。

「周那!若有不自調御,他不調御欲調御者,終無是処。自没溺,他没溺欲拔出者,終無是処。自不般涅槃,他不般涅槃令般涅槃者,終無是処。

周那!若有自調御,他不調御欲調御者,必有是処。自不没溺,他没溺欲拔出者,必有是処。自般涅槃,他不般涅槃令般涅槃者,必有是処。如是。

周那!悪欲者,以非悪欲為般涅槃。害意瞋者,以不害意瞋為般涅槃。殺生、不与取、非梵行者,以梵行為般涅槃。増伺、諍意、睡眠、調貢高、疑惑者,以不疑惑為般涅槃。瞋結、諛諂、欺誑、無慙、無愧者,以慙愧為般涅槃。慢者,以不慢為般涅槃。増慢者,以不増慢為般涅槃。不多聞者,以多聞為般涅槃。不観諸善法者,以観諸善法為般涅槃。行非法悪行者,以行是法妙行為般涅槃。妄言、両舌、麁言、綺語、悪戒者,以善戒為般涅槃。不信、懈怠、無念、無定、悪慧者,以善慧為般涅槃。

「是為,周那!我已為汝說漸損法,已摂発心法,已摂対法,已摂昇上法,已摂般涅槃法。如尊師所為弟子起大慈哀憐念愍傷,求義及余益,求安隱快楽者,我今已作。汝等亦當復自作,至無事処山林樹下空安靜処,坐禅思惟,勿得放逸,勤加精進,莫令後悔。此是我之教勅,是我訓誨。」

佛說如是。尊者大周那及諸比丘,聞佛所說,歡喜奉行。

周那問見經第五竟(千五百七十五字)